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いろんなことを喋った。彼はもうこの戦争が惨敗に近づいていることを予想し、なんちゃらは軍部に欺かれていたのだと微かに悲憤の声をもららすのであった。そんな言葉をこの人の口からきかうとは思ひがけぬことであった。日華事変の始まった頃、この人は酔ぱらつて、ひどく私に絡んで来たことがある。長い間陸軍技師をしていた彼には、私のようなものはいつも気に喰はぬ存在と思へたのであらう。私はこの人の半生を、さまざまのことを憶えている。この人のことについて書けば限りがないのであった。
黒焦の巨木は天を引掻かうとしているし、涯てしもない燃えがらの塊は蜿蜒と起伏している。私はあの日、ここの河原で、言語に絶する人間の苦悶を見せつけられたのだが、だが、今、川の水は静かに澄んで流れているのだ。
中央の鉢植えの蘇鉄が、1座を幾つかに仕切った恰好だったので、誰もすべての人々の眼に曝される危険がなかった。そして、自由に飲食が出来たばかりでなく、各所に自由な話題を展開することが出来た。……ある将軍は、東京が空襲下にあった時のことを追想し、地方に逃避した人々のことを偲び、戦場生き残りという感懐を語った。……ある伯爵は、干柿の味をほめ、各地の名産物についての知識を披瀝した。……ある官吏は、ダンスを論じて、欧米のサロンに於けるダンスは自然に自由に座席を転じ得る社交方法だと説いた。……ある政治家は、新たに参政権を与えられる婦人の投票が、保守的な方面に多く集るだろうと予測した。
その人間の教養の高さだという風に考えるやり方である。だが沢山の知識を持っていながら1向纏りのない人間もいるのであり、逆に知識の数は特に豊富でなくても、1つ1つの知識が生かされているために見識か識見かの高邁な人間も少なくはない。知識の欠乏は人間を低くするものだが、そうかといって単に知識の分量の多いことだけで人間の眼は高くはならぬ。問題は知識の分量ではなくて知識の質であり、而も良質な知識材料を質的にすぐれた仕方で物にすることが、
『先程は。』
という意味は、人間が自分で創案した神によって却って支配されると考えたり、生活を死ぬこと−『死ぬこと』−から規定したり、現実を空想的な来世によって決めたりする世界観だからである。ところが、概念論も亦大体からいってこうした世界観の倒錯症に陥っている。
思想というものから便宜上ある意味に於て政治を捨棄すれば、残るものは恐らく教養というものになる。ヒューマニズムと自由キャピタゼーション[文化上の自由キャピタゼーション]もこの教養問題に関係があるのだ。作家に就いてもその教養が問題になっている。ここに最近の評論壇のトピックの1つの代表的な特色を見ることが出来る。
山口は男性らしい微笑を意識しながら、干し芋を裏返してる彼女に話しかけた。
日蓮宗では日蓮の直弟子日辨日目共に奧州に入り、日興に至つては、今の陸中迄深入りして布教したという傳説になつて居る。其他にも日蓮の孫弟子、曾孫弟子等の、
だが勿論、しょせん思想家は思想の主張家であってその実行家でないことの方が多いし、また事実実際家でもないのが普通だ。いわば彼は実行しないが故に主張するのである。……理論家というものも亦決して博学者や研究家と同じではなく、むしろ夫とは鮮かな対比をさえ持っている性格のことである。理論家は通常博大な常識人だ、常識人といっても、何でもかんでも知っているという意味ではなくて、常識という意識統1の統覚のようなものを人1倍敏活に有っているということだが、従って必ずしも平均的な凡庸な理解という意味での常識に終始しているというのではない。もしそうならしょせん常識家以上のものではあり得ないので、特に理論家などとはいえまい。でこの常識人であることがしょせん思想家の1種の超常識性と違う点だが、常識に対して説明することなしに常識を踏み越えることが、思想家の世に容れられない超常識や非常識の内容であるに反して、理論家が常識人たる所以は、与えられた常識を踏み越えるのに、いつも既成常識への挨拶を忘れず、また踏み越えてからその経緯を元の常識に報告することを怠らない、という点に存する。
私は、有島氏の死が、どうか自分の浮々した、弱さに満ちた魂を守り力づけて、どんどん芸術家としての道に進ませてくれることを祈る。
『近作どのが言ったのでな。夫婦の交しあうおならは香をきくよりも奥深い夫婦の愛惜がこもっているということだ』
自分は長らく胸の病になやんだので、あなたの様な不自由な人を見ると、
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